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東京高等裁判所 昭和47年(ネ)2548号 判決 1976年3月31日

控訴人 (原審昭和三九年(ワ)第一、五二六号事件原告、

同四〇年(ワ)第八六九号事件反訴被告、同年(ワ)第一、五三一号事件反訴被告)

大松英夫

控訴人 (原審前同第一、五二六号事件原告、前同第二二六号事件反訴被告)

大松照子

右両名訴訟代理人

岡本喜一

ほか五名

被控訴人 (原審前同第一、五二六号事件被告、前同第八六九号事件反訴原告、

前同第一、五三一号事件反訴原告、前同第二二六号事件反訴原告)

森新商興株式会社(旧商号森新金融株式会社)

右代表者

新井三郎

右訴訟代理人

岡村大

主文

原判決を取り消す。

原審昭和三九年(ワ)第一、五二六号事件について。

控訴人らと被控訴人との間において、控訴人らが被控訴人に対し、訴外株式会社田辺産業が被控訴人から昭和三八年七月二五日金三〇〇万円を弁済期一か月以後の被控訴人請求の日限り持参払い、利息年一割五分、遅延損害金年三割の約定で借り受けた債務および同年七月三〇日金五〇〇万円を右同様の約定で借り受けた債務についてそれぞれ連帯債務を負担していないことを確認する。

被控訴人は控訴人大松英夫に対し原判決書別紙目録記載不動産につき静岡地方法務局熱海出張所昭和三九年七月一七日受付第三九三号をもつてなされた昭和三八年七月三〇日設定契約、債権額八〇〇万円、連帯債務者株式会社田辺産業および控訴人らほか、抵当権者被控訴人とする抵当権設定登記の抹消登記手続をしなければならない。

原審昭和四〇年(ワ)第八六九号事件、同年(ワ)第一、五三一号事件および同四一年(ワ)第二二六号事件について。

被控訴人の反訴請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は以上の全事件を通じ第一および第二審とも全部被控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

第一原審昭和三九年(ワ)第一、五二六号事件について。

一控訴人ら主張の請求原因(前記引用の原判決書事実らん第一、三)事実中(一)ないし(三)は当事者間に争いがない。

二ところで、控訴人らは、被控訴人主張の連帯債務負担契約を締結したこともなく、また控訴人大松英夫は、本件不動産につき被控訴人主張の抵当権設定契約を締結したこともない旨主張する(なお、控訴人大松英夫は、本件不動産につき被控訴人のためになされた抵当権設定登記は、仮登記仮処分命令にもとづきなされた錯誤による登記であるから無効である旨主張するが、そのようにしてなされた登記といえども、それが実体上の権利関係に符合している場合にはあえてその登記の効力を否定するまでもないと考えられるので、同控訴人の右主張それ自体としては採用しがたいので、この点については進んでその実体的権利関係の存否について判断することとする。)。

(一)  そこで、まず被控訴人は、右連帯債務負担契約および低当権設定契約は、いずれも重雄が控訴人らから与えられた代理権にもとづき同人らを代理してこれを締結したものである旨主張するのでこの点について判断する。

<証拠>によれば、重雄が田辺産業および自己個人を連帯債務者として被控訴人主張の各日時に被控訴人から合計八〇〇万円を借り受けた際に、控訴人らの代理人として同借入金債務についてそれぞれ連帯債務負担契約を締結し、同時にまた控訴人大松英夫の代理人として同連帯債務の担保として本件不動産につき被控訴人主張の抵当権設定契約を締結したことが認められるけれども、重雄の右各代理行為につき代理権限を認めることのできる証拠は全くないので、同代理権限があつたことを前提とする被控訴人の右主張は失当である。

(二)  つぎに、被控訴人の表見代理の主張について判断する。

被控訴人は、被控訴人としては右各契約を締結するについては重雄に右(一)に認定の態様によつて控訴人らを代理する権限があるものと信じたのであり、またそのように信じるについては正当の理由がある旨主張するところ、

(イ) <証拠>を総合すれば、田辺産業は、昭和三六年九月一日ビタミンライスの製造販売等を目的として設立せられた資本金八〇万円(発行済株式一、六〇〇株、一株の金額五〇〇円)の株式会社であるが、その設立の実体は、北原忠、同重雄親子らが実質上同会社株式全部を所有あるいは支配すると同時に、設立後はもつぱら重雄が右忠らの協力をえて同会社の運営に当ることとして同人らによつて設立せられたものであり、したがつて同会社設立後は忠が代表取締役社長、重雄が常務取締役兼経理部長にそれぞれ就任したとはいえ、実際上はもつぱら重雄が忠から委ねられて同会社の業務一切を執行していたこと、控訴人両名は、同会社設立に際し忠および重雄から依頼されてそれぞれ同会社の発起人となり、各その株式二〇〇株(金額一〇万円)を引き受け、控訴人大松英夫はその代表取締役兼専務取締役、同大松照子はその監査役にそれぞれ就任したものの、右はいずれも前記事情による会社設立の便宜に出た名目上のものであり(このため、控訴人らは右引受株式の払込もせず、また会社業務に関与することも拒絶されていた。)、同会社設立の際に、同会社代表取締役忠に対し右名義上の株式(株主権)を譲渡ずみにし、その名義書替手続のみを残しその手続を右忠においていつでも自由にできるように任かせ、かつ、同会社役員としての職務一切をも実際上同会社の経営に当る重雄に任かせることとした(もつとも、右後者の事実は争いがない。)ことおよび同会社代表取締役忠もまたその役員としての職務とともに前記控訴人らから任かされていた株式名義変更に関する権限をも重雄に任かせ、重雄は前記のように実際上単独で同会社の経営に当つていたことが認められ、他にこれに反する証拠はない。

右認定の事実によれば、控訴人両名は、会社役員としての権限を常務取締役の重雄に内部的に委任していただけであつて、各個人としての実質的な財産権処分の代理権を重雄個人に対し、直接または忠を通じてでも与えていたとはいえず、ただ、名実とも同人らの権利に属しない株式の名義書替手続のみをなすべき代理権および復代理人選任権を忠に与え、同忠の復代理授与にもとづいて前同代理権を重雄に与えていたといえないこともないというにすぎない。

しかし、控訴人らの右名義書替および役員の職務行使についての代理権の授与は、同人らの実質的な財産権の処分についてのものでなく、ひいては代理権授与そのものも実質的なものとはいえず、代理人と称する者に対し権利処分について何らかの範囲で代理すべき信頼を与えたことに主眼をおく表見代理の法理における基本代理権の授与に相当するものがあつたということはできないものというべきである。また、控訴人らは、同三八年七月ころ、重雄より、田辺食品株式会社設立(設立登記は同年一二月五日)に関し、田辺産業における場合と同様に名目上その発起人および株主となることを依頼されて承諾し、同人にその設立手続の一切を任かせてその代理権を与えたことが認められるけれども、右代理権の授与についても、前同様控訴人らの実質的な権利の処分についてのものではなく、ひいては代理権そのものも実質的なものとはいえないので、「右の代理権は、これまた前同様表見代理における基本代理権に当るものとすることはできない。

なおまた、本件貸借当時控訴人らが重雄に対し田辺産業の金融機関からの資金借入について代理権を授与していた事実を確認できる証拠は全くないから、この点に関する被控訴人主張の基本代理権も認められない。

(ロ) のみならず、<証拠>を総合すれば、(1)重雄は、昭和三八年七月二〇日ころ、かねて田辺産業名義で裏書した株式会社参天堂振出、全糧商事株式会社引受名義の自己偽造手形の決済資金に窮したことなどから、金融業者である被控訴人会社に対し田辺産業その他同会社役員らが連帯債務を負担するということで旧融資を受けた場合よりはるかに多額な合計八〇〇万円の融資を申し入れたところ、その貸付条件として新たに控訴人両名を加えた田辺産業全役員個人の保証と田辺産業の株式、営業権、同会社および役員個人の不動産等を担保に差し入れることを要求されたため、他の役員らについてはともかく、控訴人らについては新たにその承諾をえねばならなかつたものの、その承諾をうけることがとうてい不可能と考えられたところから、結局控訴人らには無断で控訴人らの同会社各役員用の印章を新規に作成するとともに、所轄法務局出張所にその改印届をしたうえ、各その印鑑証明書の下付を受け、他方同会社株券を新たに印刷作成し、さらに被控訴人会社から融資を受ける件等を可決確定した旨の同月五日付田辺産業取締役会議事録を勝手に作成し、さらにまた、金額八〇〇万円振出人前記参天堂、引受人前記全糧商事名義の為替手形を偽造するなどして同月二五日右控訴人らの役員用印章および印鑑証明書その他借入に必要な会社、各役員用印章および書類等を持参して被控訴人会社におもむき同会社事務所において同会社の用意した不動文字による金銭消費貸借条項および手書きで加入された、その担保物件は各連帯債務者ら所有の株式、営業権、不動産とする旨の条項等を記載内容とする債務弁済契約証書と題する書面の借入金額らんに八〇〇万円、各連帯債務者らんにその代理人として田辺産業代表取締役北原忠の記名押印をするとともに、各役員らの住所氏名に加えて控訴人両名の住所氏名を記入し、それぞれその名下に右持参した各印章を押捺してその作成を完成し、同書面とともに、借入金債務支払のため田辺産業名義で裏書した前記偽造為替手形、前記各株券、前記取締役会議事録、控訴人ら名義の各株式譲渡証、各白紙委任状、前記各印鑑証明書その他必要書類をいずれも真正に成立したものとして被控訴人会社に差し入れ、右連帯債務者らが連帯債務を負担し、控訴人大松英夫が本件抵当権を設定するものとして即日とりあえず被控訴人会社より金三〇〇万円の交付を受けてこれを受けることとしたこと、(2)もつとも、右の際重雄が持参した控訴人らの印章が右のとおり法務局届出の会社役員用印章およびその印鑑証明書であつたため、被控訴人会社としては控訴人ら各個人の市町村届出の印章およびその印鑑証明書により必要書類を作成するのでなければ融資には応じられないとしたものの、重雄において内金三〇〇万円の早期必要性を説き、控訴人ら各個人の市町村長による印鑑証明書はすでに控訴人らに依頼してもらい受けることになつているので早速その印鑑および印鑑証明書等必要書類を整える旨申し出たので、結局被控訴人会社では他日改めて右印鑑により正規の必要書類を作成させることとして前同様の消費貸借条項および担保権設定条項等を記載内容とする債務弁済契約書と題する書面等必要書類の用紙を重雄に交付し、とりあえず右のような貸付手続のもとに三〇〇万円を交付してこれを貸し付けたものであること、(3)重雄は、これより先同月二三日ころ、すでに控訴人らにおいて名義上の株主となることを了解していた新規に設立する田辺食品株式会社の設立手続に必要であるとして控訴人らに対し同人らの印鑑証明書をとつて欲しい旨を依頼してその承諾をえていたので、同月二五日すぎころ、控訴人ら方におもむき控訴人らから右依頼に応じてすでに下付を受けていた同月二四日付熱海市長作成の控訴人らの各印鑑証明書をもらい受けるとともに、そのころ他に注文して右各印鑑証明書の印影に素人目では判別困難な印影が顕出される各印章を作成してもらつたうえ、連帯債務者田辺産業ほか控訴人らの代理人であるとして、右偽造の各印章を使用するなどして、さきに被控訴人会社から交付されていた前記債務弁済契約証書用紙に借入金額(八〇〇万円)および各連帯債務者らの住所、氏名など所要事項を記入し、控訴人ら名下に右各偽造印を押捺するなどして連帯債務者田辺産業ほか控訴人ら名義の被控訴人会社あて同月三〇日付すでに作成ずみの前記債務弁済契約証書と同旨の記載内容の債務弁済契約証書と題する書面の作成を完成すると同時に、同連帯債務者ら名義の公正証書作成等を承認する旨の認証と題する書面、公正証書作成のための同連帯債務者ら名義の委任状、控訴人ら名義の各白紙委任状等を作成し、同月三〇日いずれもこれらを真正に成立したものとして被控訴人会社に差し入れ、即日残金五〇〇万円、(以上合計八〇〇万円)の交付を受けて前同様各連帯債務者らが連帯債務を負担する約旨のもとにこれを借り受け、かつ同債務弁済契約証書にもとづき被控訴人会社に対し同連帯債務担保のため控訴人大松英夫所有の本件不動産につき抵当権を設定する旨の契約を締結するにいたつたものであることが認められ、以上認定の事実関係からすれば、被控訴人会社としては、少なくとも最終貸付日の段階である同月三〇日には、重雄が同月二五日に申し出たとおり、控訴人らの同月二四日付熱海市長作成の各印鑑証明書を持参するとともに、前示のように通常素人目ではその印影と判別困難な印影が顕出される印章を使用して作成された前記債務弁済契約証書等各必要な書類を差し入れたことなどから、重雄には真実控訴人らを代理する権限があるものと一応信じ、同人をその代理人として前記連帯債務負担契約および低当権設定契約を締結するにいたつたものであると一応認めることができる。

しかしながら、同時にまた、前出各証拠によれば、被控訴人会社としては、その当時まで控訴人らとは一面識もなく、その人柄、資力等につきなんの認識もなく、本件が初取引でもあつたこと(ただ当時重雄より控訴人らは熱海で土産物屋や豆腐屋などしていて右借入金を返済するくらいの資力は十分にある旨申し出たのを聞知しただけである)、被控訴人会社としては、控訴人らがいずれも田辺産業の名目上の株主および役員にすぎず、同会社の経営は当時実際にはほとんど重雄が独断専行していたものであることを推知していたこと、被控訴人会社としては、控訴人大松英夫が前記のとおり多額の借入金債務につき連帯債務を負担し、しかも同債務の担保として同控訴人の住居兼営業場所であつて同控訴人にとつては重要な財産である本件不動産に抵当権を設定するということであるのに、これら不動産の権利証書や登記簿謄本も徴さず、したがつて、またこれら不動産の所在場所、面積、形状、担保能力等当該不動産の具体的状況も明確にさせないまま、とにかく同控訴人居住の熱海市内に有する土地建物ということだけでこれに抵当権を設定させるとともに、前記連帯債務負担契約を締結していること、しかも、このような場合、いやしくも金融業者であるならば、当該金銭消費貸借契約証書の貸借条項に加えて当該担保物件を特定のうえ、これに抵当権を設定する旨明確な条項の記載のある契約書面が作成されるのが通常であると思われるのに、本件の場合、被控訴人会社としては、本件抵当権設定契約書であるとされる前記債務弁済契約証書第六条中には、印刷による不動文字で「本債務履行の担保として別紙目録記載の物件の上に抵当権を設定し」と記載されていながら同証書にその目録の添付がなく、また同証書末尾空らん条項にも手書きで「担保物件は債務者等所有株式、営業権および不動産とする」旨記載されているのにとどまつていることおよび被控訴人会社では、本件取引前に三―四回(一回につき数十万円)ほど田辺産業に融資したことがあるが、その際には代表者社長自身がわざわざ田辺産業におもむき同会社自身の信用調査を実施していること等の事実が認められるので、これら認定の事実に前記認定の本件各契約成立の経緯、ことに重雄が本件融資を受けるのに控訴人らの会社役員用印鑑およびその印鑑証明書を持参した事実などを合わせ考えれば、金融会社たる被控訴人会社としては、以上の諸事情のもとでは、前記の最終の貸付日の段階においても重雄の右代理権の存否につき疑念を抱き、進んでその疑念にもとづき社長自身あるいは社員を使つてその代理権の存否につき調査確認する等の方法を講じてしかるべきであつたと思われるし、また、その調査確認をするにしても、直接控訴人らに電話をしてこれを確めるなどわずかの労をわずらわすことだけで容易にその目的を果しえたものと思われるのに、被控訴人会社が右各契約を締結するに際して右重雄の代理権の存否につき少しの疑いももたず、この点の調査確認方法をつくさないまま安易に重雄に控訴人らを代理する権限があるものと信じたのは軽率のそしりを免れえないものといわざるをえないのであつて、この点被控訴人会社に過失があつたとされても致仕方がないものといわなければならず、したがつて、被控訴人会社が前示のように重雄に控訴人らを代理する権限があるものと信じたことについて正当の理由があるともいえないのである(その他被控訴人主張の事実をもつてしても、右の正当理由の存在を認めることはできない。)。

以上の次第で、被控訴人の表見代理の主張は以上(イ)、(ロ)のいずれの点においても採用することができない。

三そうだとすると、重雄が控訴人らの代理人であるとしてなした本件連帯債務負担契約および本件抵当権設定契約は、結局いずれもその代理権がないのに締結されたものであつて、本人たる控訴人らにその効力を生ずるのに由ないものであり、この意味において無効であるといわなければならないから、被控訴人において右連帯債務の不存在を争う以上、控訴人らが被控訴人との間においてその債務の不存在確認を求め、かつ控訴人大松英夫が被控訴人に対し本件不動産につきなされた前記低当権設定登記の抹消登記手続を求める請求は、いずれもこれを正当として認容すべきである。

第二原審昭和四〇年(ワ)第八六九号事件について。

本件抵当権設定契約が無効であり、表見代理責任も認められないことは、前説示のとおりであるから、被控訴人の本件抵当権の存在確認を求める反訴請求はその理由がない(なお、被控訴人の抵当権設定登記手続を求める反訴請求は、控訴人大松英夫の抵当権設定登記の抹消登記手続を求める本訴請求が錯誤による登記を理由に認容された場合における予備的反訴請求であるところ、同控訴人の右本訴請求が錯誤の登記を理由に認容されるものでないことは前説示のとおりであるから、被控訴人の右反訴請求については、その判断をしない。)。

また、被控訴人は、右抵当権の存在が認められない場合に備えて、予備的に根抵当権存在確認および同根抵当権設定登記手続を求めるが、その請求の原因とするところは、被控訴人主張の抵当権が法律的に根抵当権と評価される場合を慮つて予備的に右の請求をするものであることはその主張自体に徴して明らかであるところ、被控訴人主張の抵当権設定契約それ自体が発効していないと判断されるものであることが前説示のとおりであるから、被控訴人の右予備的請求もまたこれ以上判断を加えるまでもなく理由がない。

よつて、右事件の反訴請求はいずれも失当として棄却を免れない。

第三原審昭和四〇年(ワ)第一五三一号事件および同四一年(ワ)第二二六号事件について。

一控訴人らの本件連帯債務負担契約が効力を生じていないものであることは、前説示のとおりであるから、同契約の有効を前提として控訴人らに対し各その貸付金の支払を求める被控訴人の反訴請求は、すでにこの点において理由がない。

二そこで、つぎに被控訴人の商法第二六六条の三、第二八〇条の規定にもとづく損害賠償請求について判断する。

被控訴人の右請求にかかる原因事実が発生したとされる当時、控訴人大松英夫が田辺産業の代表取締役、同大松照子が同会社の監査役に就任していたことは前記第一、二に説示のとおりであるから、たとえその就任がこれまた右に説示のとおり名目上のものにすぎずその職務権限の一切を同会社設立の当初から実際上同会社を経営する取締役(常務取締役)重雄あるいは他の代表取締役(社長)忠に任かせきりにしていたとはいえ、それはあくまで会社の内部事情にすぎないものであつて、対第三者関係ではそのことを理由にそれぞれその役員としての職務権限あるいはそれにともなう責任を回避することは許されないものというべきである。

しかし、右同様認定のとおり、重雄が控訴人らを代理する権限がないのにあるように装い本件連帯債務負担契約を締結し、かつその担保のため本件不動産に抵当権を設定する契約を締結するとともに、前記金額八〇〇万円の偽造為替手形を真正に成立したもののように装つて裏書譲渡するなどして被控訴人会社をしてその旨誤信させ、同会社より借入金名義のもとに前後二回にわたつて合計八〇〇万円の交付を受けたことによつて、被控訴人会社において右債権の回収が不能に帰し同債権額相当の損害をこうむるにいたつたとしても、右損害は、これまたすでに認定したところから明らかなとおり、重雄が為替手形を偽造し、あるいは勝手に控訴人らの印章を偽造して控訴人ら作成名義の連帯債務負担契約書ないしは抵当権設定契約書を偽造するなどいわば、重雄個人の犯罪行為によつて、右手形または控訴人らの信用もしくは本件不動産の担保力を信じて融資した被控訴人会社のこうむつたことに起因するものである。そうであつてみれば、たとえ控訴人らがそれぞれ田辺産業の代表取締役ないしは監査役としてその職務を忠実に果していたとしても、通常の注意義務をつくしていた限りでは、重雄の右種行為による加害行為まで予見することはとうてい不可能であつたものとするのが相当であるから、控訴人らの前示任務懈怠行為と被控訴人会社の右損害との間には相当因果関係が存しないものといわざるをえないのである。そして、他に控訴人らの右任務懈怠行為と被控訴人会社の右損害との間に相当因果関係の存在を肯定するのに足りる具体的な事実の主張も立証もない。

そうだとすると、被控訴人が前記各商法の規定にもとづいて控訴人らに対し損害の賠償を求める反訴請求もまた理由がない。

三さらに、被控訴人の民法第七一五条第二項および第七一九条の規定にもとづく損害賠償請求について判断する。

民法第七一五条第二項の規定は、使用者のほかに、使用者に代つて現実に被用者の選任および事業の監督を担当する者にも損害賠償責任を負わせることにより、同条第一項の使用者責任とあいまつて被害者の保護をはかつたものであり、したがつて、会社あるいはその代表者に代つて一般的に被用者を選任し事業を監督する権限を有する者であるということだけでは同条項に定める代理監督者の責に任ずるものではなく、具体的に右権限を行使していた者であることを要すると解するのが相当であるところ、まず株式会社にあつては代表取締役が他の取締役を選任監督する地位関係にないので、控訴人大松英夫が田辺産業設立以来同会社の代表取締役兼専務取締役であり、重雄が同取締役兼経理部長であつたことは、前記第一、二に認定したとおりであるけれども、両者の取締役の関係では右のとおり選任監督の関係はなく、成立に争いのない乙第三号証の一(同会社定款)によれば、専務取締役は社長を補佐して業務を執行し、社長に事故あるときは取締役会の定めるところにより社長の職務(業務の統括)を行なうこととされていることが認められるが、これによつても、専務取締役たる同控訴人が常務取締役として経理部長を兼ねる重雄の右経理部長としての会社業務の執行を直接監督すべき職務権限を有する根拠を見出せないし、また実際上でも右定款の定めによる補佐または臨時代行による職務の執行を具体的にしてきていなかつたことは、これまた前記第一、二に認定したとおりであるから、重雄の前記金員借入行為が前説示のとおり不法行為を構成するにしても、同控訴人としては、すでにこの点において前記法条に定める代理監督者の責任を負うべきいわれはないので、被控訴人の右民法の規定にもとづいて同控訴人に損害賠償を求める反訴請求もこれまた理由がない。

したがつて、被控訴人の前記各事件の反訴請求もすべて失当として棄却を免れない。

第四よつて、前記各事件につき以上と異る原判決を取り消し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条および第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(畔上英治 安倍正三 唐松寛)

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